大判例

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東京地方裁判所 昭和24年(行)68号 判決

原告 長尾君子事 出口君子

被告 国 右代表者 法務総裁

一、主  文

原告が日本の国籍を有しないことを確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求むる旨申立て其の請求の原因として、原告は大正八年十月一日アメリカ合衆国カリフオルニヤ州のロングビーチ市に於て日本人たる父長尾政留母出口トキヲの間に生れ、日米両国籍を取得したものであるが昭和三年五月二十一日、当時十五才未満であつた原告の法定代理人たる父長尾政留の届出により日本国籍を離脱した。大平洋戰爭勃発に伴い原告はワイオミング州ハウトマウンテン收容所に收容され、同十八年二月同所で訴外関谷庸一と米国法に依り其の方式に從つて婚姻をなした。右関谷庸一は大正十年二月十九日米国に於て日本人を父母として生れ日米両国籍を取得し、其後昭和十六年十二月十日カリフオルニヤ州ロスアンゼルス日本領事館に対し、内務大臣宛日本国籍離脱の届出をなしたものである。其後原告は昭和十八年十一月交換船で日本に渡來し爾來日本に居住して來たのであるが、昭和二十四年米国の父母の許に帰国すべく、其の手続をしようとしたところ、意外にもすでに原告名義で原告の国籍回復申請がなされ、之に基いて昭和十九年十月十二日熊本縣知事より国籍回復の許可があり、原告は日本国籍を回復したものとして熊本縣国籍回復者名簿にもその旨記載せられていることが判明した。しかしながら右回復申請及び許可は次の理由により全く其の効なきものである。即ち(一)右回復申請は曾て原告の踊りの師匠であつた訴外本田健雄が、原告に無断で原告の本籍地なる熊本縣鹿本郡中富村役場に依頼してなしたものであり、全く原告の不知の間になされたものであるから当然無効である。(二)加之原告は日本に來てからは戰時下の爲轉々と居所を変え、右回復申請当時日本に一定の住所を有しなかつたのであるから、この点よりするも原告の右回復申請は其の要件を欠き無効である。(三)更に又原告の夫関谷庸一は前記の如く原告との結婚前ロスアンゼルス日本領事館に国籍離脱の届出をなして居り、右届出は其後現在に至る迄内務大臣又はその該当官廳に到達して居らないが、右届出に先立ち昭和十六年十二月二日付外務大臣よりロスアンゼルス駐在仲内領事宛訓令第一一〇号が発せられて居り右訓令は国籍離脱手続に付爾後在外公館受理の時を以て効力を生ずるものとして取扱うべき旨指令して居るので之によれば庸一の右離脱届出は日本領事館への届出の日たる昭和十六年十二月十日効力を生じたものと解すべきである。從つて庸一は同日以降米国單独国籍を有するものとなつたのであり、同人の妻たる原告は国籍法上單独に日本国籍の回復をなすことは許されぬのであるから、原告の本件回復申請は当然無効である。

以上の如く原告の本件国籍回復申請は執れの点よりするも無効であり、從つて之に基く熊本縣知事の許可も亦其前提を欠き其効を生ぜぬこと明かであるから原告は日本国籍を回復していないものである。しかして原告が右の如く日本国籍を有せざることが確定せられゝば、原告は米国法上米国人として扱われ帰国も可能となるので之が確定を求める爲本訴に及んだと述べた。(立証省略)

被告指定代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中原告が其主張の日時場所に於て日本人たる長尾政留、出口トキヲの間に生れ日米両国籍を取得したこと、其後原告が其の主張の日時に父長尾政留の届出により日本国籍を離脱したこと、原告主張の日時に原告に対し熊本縣知事より国籍回復の許可があつたこと、訴外関谷庸一が原告主張の日時にロスアンゼルス日本領事館に国籍離脱の届出をなしたこと、右届出が現在に至る迄内務大臣又はその該当官廳に到達していないこと、原告主張の如き外務大臣の訓令が発せられたことは認めるが原告の本件国籍回復申請が原告不知の間に訴外本田健雄によりなされたこと、右申請当時、原告が日本に一定の住所を有していなかつたことは孰れも否認する。

原告は右申請当時満二十五才にも達していたのであり、かゝる重要な身分上の行爲が全く原告の不知の間に第三者によつてなされたと言う如きは経驗則上到底首肯し得ない所である。又原告は其の本籍地に居住せるものとして本件回復申請をなして居り、其の生活の本拠は本籍地にあつたものと認められるから、原告主張の如く申請当時日本に一定の住所を有しなかつたと謂うことは出來ぬ。その余の事実はすべて不知である。なお原告主張の訓令に基き日本国領事館に於て受理せられたまゝ内務大臣に到達していない国籍離脱の届出に付ては、右受理によつて其効を生ずるものと考えると述べた。(立証省略)

三、理  由

原告が大正八年十月一日其の主張の場所に於て孰れも日本人たる父長尾政留、母出口トキヲの間に生れ、日米両国籍を取得したこと、昭和三年五月二十一日当時十五才未満であつた原告の法定代理人たる父長尾政留の届出により原告が日本国籍を離脱するに至つたこと、其後昭和十九年八月二十八日付、原告名義で内務大臣宛、原告の日本国籍回復の申請がなされ、之に基き同年十月十二日熊本縣知事より右回復の許可があつたことは被告の自白並に成立に爭なき甲第一、二、四号証、乙第一号証の三乃至五及証人隈部清人、原告本人の各供述により之を認めることが出來る。更に原告が昭和十八年二月米国ワイオミング州ハウトマウンテン收容所内に於て訴外関谷庸一と結婚し、米国法の方式に基き婚姻の挙行並に届出をなし、爾來現在に至る迄同人と婚姻関係にあること、右庸一は大正十年二月十九日米国に於て日本人を父母として生れ、日米両国籍を取得したことは成立に爭なき甲第六号証証人関谷庸一、同関谷忠三郎及原告本人の各供述により之を認めるに十分である。而して庸一が原告との婚姻に先立ち、昭和十六年十二月十日カリフオルニヤ州ロスアンゼルス日本領事館に対し内務大臣宛国籍離脱の届出をなしたこと、昭和十六年十二月二日付日本外務大臣よりロスアンゼルス駐在仲内領事宛訓令第一一〇号を以て爾後国籍離脱届出に付在外公館の受理によつて効力を生ずるものとして取扱うべき旨指令せられたこと、右庸一の離脱届出は右訓令に基き前記領事館に於て受理せられたまま現在に至る迄内務大臣又は其の該当宮廳に到達していないことは被告の自白竝に成立に爭なき甲第六、八、九号証及証人関谷忠三郎、同関谷庸一同鎌田與佐衞門、同平賀健太の各証言により之を認めることができる。右の如く單に外務省在外公館により受理せられたに止り、内務大臣又はその該当官廳に到達せざる国籍離脱届出の効力如何は庸一の国籍関係を左右し、從て原告の本件の本件回復申請の効力を決するものであるから以下この点に付て判断する。

国籍法施行規則第三條第一項によれば離脱の意思表示は終局的に法務総裁(本件離脱届出当時は内務大臣)に到達するを要求せられていることは文理上明白であるが、之を以て離脱の効果発生時期をも法務総裁到達の時と規定したるものとは必ずしも断じ得ない。蓋し法令が官廳に対する意思表示に付経由廳を定めたるときは特に経由廳の受理を以て該意思表示の効力を発生せしむべき特殊の要請の存する場合があるからである。(例えば訴願法第二條に於て特殊の理由により経由廳たる処分廳えの提起を以て訴願提起の効を生ずると解せらるゝが如き)飜つて本件の国籍法第二十條の二、第二項による国籍離脱の届出に付てみるに(一)同條項が離脱を單独行爲として規定して居ることは明であり、之を規定した所以は同條所定の外国に於ける日本人をして当該外国の單独国籍者たらしめるため能ふる限り簡易迅速に日本の国籍を離脱即ち喪失せしめんとするに在る。而して国籍法第二十七條の二は国籍離脱に関する手続を命令の規定に一任して居るのであるが、右に謂う命令たる国籍法施行規則は所謂執行命令たる性質上其の規定は法律たる国籍法に違反し得ざることは勿論、其の所期する所に最も忠実なる如く規定乃至解釈せられることを要する。從つて法定の受理機関に対し要件具備の離脱の意思表示がなされ届出人としてそのなすべき行爲を完了したる以上、此の時を以て該意思表示の効果を生ずると解するのが最も国籍法の趣旨に合致するのみならず、当事者の意思にも副ふ所以であつて、之に反し法務総裁(内務大臣)への到達を以て効力を生ずるものと解するときは、右届出の不到達乃至到達の遅延(特に遠隔地、戰時等の場合の如き)に因る危險不利益は悉く届出人に負担せしむることゝなり、同法の立法精神に反する不当な結果を來すこと明かである。(二)国籍離脱手続に付昭和二十一年改正前の国籍法施行規則第三條が特に其の国に駐在する日本の大使公使又は領事を経由すべき旨定めた所以は、離脱要件たる届出人の国籍住所等の審査の必要上並に離脱手続の渉外的性質に鑑み、右届出受理事務を以上の在外機関をして掌理せしむるを適当としたものであつて、この点より見れば同規則は離脱の届書は内務大臣宛とすべきも直接内務大臣に提出することを禁止すると共に右在外機関に離脱届出の要件審査及之が受理の権限を賦與したものであり、同第三條一項は内務大臣の到達の時を以て離脱の効力を生ずる旨規定したものとは解せられない。

以上の諸点竝に本來形成的な意思表示は其の受領権限ある者によつて受理せられたとき其の効果を生ずるのが通則であることを併せ考えると昭和十六年十二月当時に於ける国籍離脱の届出は当該外国に駐在する日本の大使公使又は領事の受理により其の効力を生ずるものと解するを相当とする。当事者間に爭なき昭和十六年十二月の外務大臣より在羅府仲内領事宛の訓令は、之を以て国籍法施行規則に規定なき簡易手続を命じたものと解すべきに非ずして、国籍法の精神に則り同施行規則第三條の正解を指示したるものに外ならない。

以上の如くであるから関谷庸一のなした本件離脱届出はロスアンゼルス日本領事館への届出の日たる昭和十六年十二月十日其効力を生じ、同日以降同人は米国の單独国籍を有するに至つたものである。而して前記認定の如く米国の單独国籍を有する原告は庸一の右離脱後同人と米国法により其の方式に從て婚姻したのであるから右婚姻関係の存続する限り妻たる原告は夫を措き單独で日本の国籍回復をなすを許されぬことは国籍法第二十五條第二十七條等の規定に照して明である。從つて、原告の本件回復申請は其の意思に基づくと否とを判断する迄もなく、効力を生ぜぬこと明かであり之に対する回復許可も亦、その前提を欠き無効であるから、原告は日本国籍を取得しないものである。

然るに被告が原告名義の国籍回復申請竝に之に対する許可を有効なりとして、原告が日本の国籍を有すると主張して居ることは弁論の全趣旨により明であり、国籍の有と無とは現在日本に在る原告の公法上竝に私法上の権利義務に影響する所大であるから国籍の消極的確定を求むる利益あること勿論である。

依て原告の請求は理由があるから之を認容し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 鈴木忠一 恒次重義 田辺公二)

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